大田原市

高岩山明王寺(大田原市)(アーカイブ)2017.09

maywind_624 (2017年9月)

栃木県大田原市黒羽向町にある那須三十三所観音霊場第一番札所高岩山蜜蔵院明王寺の紹介です。
高岩山明王寺は大田原市中心部から東へ約7kmの黒羽町の中心部で黒羽町を南北に貫く国道294号線沿いにあります。
国道に面した山門を潜り抜けると正面に本堂があります。

本堂は、明治12年(1879年)に町の大火で全焼しましたが昭和30年(1955年)に再建されました。
高岩山明王寺は、天文2年(1533年)室町時代後期に興定法印というお坊さんによって現在の黒羽町築地に創建されました。
その後、天正4年(1576年)黒羽藩領主大関高増公が黒羽城築城したさい現在の黒羽町に移転されたといわれています。

高岩山明王寺は、真言宗智山派のお寺で不動明王をご本尊とし、脇仏本尊として聖観世音を祀っています。
聖観世音は、山門を潜って右手にある観音堂に祀ってあります。(下写真)

昭和30年(1955年)に再建された本堂内部。(下写真)

下は、本堂から見た境内と山門。
写真左手に手水舎があります。

山門を潜って右手には、七福神の恵比寿尊が祀られ八溝七福神恵比寿尊霊場として昭和61年7月に開設されました。(下)

下は、高岩山明王寺の沿革を書いた案内板。

下は、那須三十三所観音霊場のパンフレット。

下は、高岩山明王寺で頂いた御朱印です。

高岩山明王寺には、奥の細道で有名な松尾芭蕉の句碑があります。
今日も又 朝日を拝む 石の上
句碑は本堂の右手、手水舎の脇にあります。(下)

下は、高岩山明王寺で頂いたお寺の沿革を書いたパンフレット。

下は、高岩山明王寺の動画です。

高岩山明王寺
栃木県大田原市黒羽向町185

閑話休題
高岩山明王寺には、奥の細道で有名な松尾芭蕉の句碑があります。
今日も又 朝日を拝む 石の上
句碑は本堂の右手、手水舎の脇にあります。
松尾芭蕉は、この地黒羽には奥の細道で4月3日から16日まで13泊14日の長期滞在をしました。
黒羽町には、芭蕉に因んで町内には10箇所の句碑が残されています。

私が2001年から2008年まで栃木県内の奥の細道を尋ね歩いて書いたブログがありますのでご覧ください。
奥の細道in栃木(黒羽)(現在、休止中)

Photo Text by T.Hiyama

岩谷観音(大田原市)

栃木県大田原市堀ノ内にある下野三十三観音第十番札所岩谷観音の紹介です。
大田原市より国道461号線を東進して黒羽町へ向かいます。
黒羽町より那珂川を渡って1.5kmほど行き、左手に曲がって県道27号線に入ります。
そこから1kmほど行った左手の山の中に岩谷観音があります。

参道を登りきると、鬱蒼とした杉林の中に観音堂があります。
境内の右手には杉の巨木が2本。

白木造りの観音堂にはご本尊の千手千眼観世音菩薩がと本尊の御前立像が祀られています。
木造千手千眼観世音菩薩坐像は、室町時代の制作と云われています。

細い参道には、秋を告げるかのように真っ赤な彼岸花が咲き始めていました。

御朱印は、参道入り口の右手にある電気工事店「はなやま電設」様で頂くことが出来ます。
(要確認)

龍頭山 龍泉寺(大田原市)

栃木県大田原市山の手にある下野三十三観音霊場第九番札所 龍頭山 龍泉寺です。
龍泉寺は、大田原市の東方旧陸羽街道の蛇尾川沿い付近にあるお寺です。

石門の奥には駐車場があり、山門からは朱色の本堂が見えてきます。

龍頭山 龍泉寺は、真言宗智山派のお寺で千手観世音菩薩像をご本尊としています。
その歴史は古く、1494年に大俵康晴(大田原氏の始祖)が狩野庄福原郷水口(大田原市町島)に城を築き、城の西方に龍泉寺を移して菩提寺・祈願寺としたそうです。(現在の菩提寺は龍泉寺の隣にある光真寺です。)

本堂は2001年に再建され、その様式は奈良の秋篠寺を模したそうです。
材料の木柱は桧造りで、奈良桜井から桧材を調達したそうです。
私も材木屋に長年居たので木材については良くわかりますが、龍泉寺で使われた桧材には驚きました。
丸柱が十数本使われているそうですが無垢で無節、これは見事の言葉に尽きました。

龍泉寺で頂いた御朱印です。

大田原城は、大田原資清(すけきよ)によって築城され、天文12年(1543)あるいは天文14年(1545)にそれまで本拠としていた町島(まちじま)の水口居館(みなくちきょかん)(市指定史跡)から移ったといわれます。以後、明治4年(1871)の廃藩置県にいたるまでの大田原氏の居城でした。(大田原市サイト)

蛇尾川沿いの小高い丘にある城跡は整備され大田原市民の憩いの場となっているそうです。
土塁跡には大きな桜の木があり、春4月には桜祭りが行われるそうです。