日航機墜落事故から30年(アーカイブ)2015.08

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  • 投稿日:2015年8月10日
  • by maywind_604
  • カテゴリ: 徒然

乗員乗客524名のうち死亡者数520名、生存者(負傷者)4名、と言う日本国内で発生した航空機事故では最悪とされる日航機墜落事故。
あの忌まわしい事故から、今年8月12日で30年を迎える。

30年前のこの日、我が家では3人目の子の出産予定日でもあった。
昨日から入院中の妻の元へは何度も足を運び、第3子の出産を今か今かと待ちわびていた。
午前7時50分、待ちに待った出産。
元気な産声と共に体重3000グラムの女の子が我が家族の一員となったおめでたい日であった。

夜になって、妻の母と子供たちでテレビを見ていると衝撃のニュースが飛び込んできた。
確か、夜のニュース速報で飛行機が行方不明になり墜落した模様という内容のものだったと思います。
そして翌13日、朝からテレビやラジオ各社の報道特別番組が組まれ、8月12日午後6時56分、群馬県多野郡上野村において日本航空羽田発伊丹行123便の墜落事故が明るみになりテレビの前に釘付けになった記憶があります。
事故当時のニュース映像はこちら と こちら

御巣鷹山と生きる 日航機墜落事故遺族の25年

今考えると、この日は我が家にとっては最大の喜びではあったが、航空史上稀に見る最悪の日航機墜落事故の犠牲者や遺族を考えると非常に複雑な一日であったと思いました。
そんな娘も、今では30歳。結婚して忙しい毎日を送っているのではないだろうか。
お盆には二人で里帰りするという。

32年目の日航機墜落事故
投稿日:2017年8月12日

かつてないあの悲惨な忌まわしい記憶から32年の月日が流れた。
その夜、突然、衝撃とも言えるニュースがテレビから流れてきた。
東京発大阪行きの日航機123便の機影が消えたという。
翌朝には8月12日午後6時56分、群馬県多野郡上野村において日本航空羽田発伊丹行123便の墜落事故が明るみになった。
死亡者数520名、生存者数4名という日本の航空機事故史上最悪といわれた日航機墜落事故だ。
上と下の写真は、当時発売された週刊読売。
悲惨な墜落事故の様子が生々しく綴られていた。

8月12日の朝、私の3人目の子の出産予定日でお目出度い日でもあった。
我が家では、朝からその喜びに沸き立っていた。
出産は順調で、栃木市内の病院で朝8時ごろ我が家待望の元気な女の子を授かった。
しかし、喜びに包まれていたその夜、悲惨なニュースが日本中を震撼させた。
8月12日が来るといつも思う、喜びと悲しみが絡み合った複雑な日でもある。
その日生まれた娘も良縁に恵まれ、今は埼玉で幸せな家庭を持っている。
今日も朝から日航機墜落事故の現場となった御巣鷹の尾根への慰霊登山のニュースがながれている。
合掌。

日航機墜落事故から30年 2015年8月のブログ記事

Photo Text by T.Hiyama

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