写真

錦秋の湯西川(アーカイブ)2013.11

  • 投稿日:2013年11月 4日
  • by maywind
  • カテゴリ: 風景

三連休は家族で栃木県日光市の湯西川へ紅葉狩りに行ってきました。
残念ながら今年の紅葉はちょっと時期を外してしまいました。
昨年と同じ日でしたが一週間ほど遅く素晴らしい紅葉には出会えませんでした。
そんな訳で、昨年に撮った写真を掲載してみました。(一部今年の写真もあります。)
上の写真は、湯西川道の駅”湯の郷”に掛かる吊橋からの眺めです。
下の写真は、”平家の里”で見た光景です。
平家の里は錦秋に包まれていました。

上と下の写真は、平家の里にある吊橋からの眺めです。
私は20年ほど前、この清流に魅せられて渓流釣りに足繁く通った所です。
この本流の下流にある前沢の最奥は、私のホームグラウンドでもあり天然の岩魚が釣れた場所でした。
今は渓流釣りは止めてしまいましたが、十数年前に一度前沢の奥まで行ってみましたが堰堤が各所に出来てしまい釣りにならなかった想い出があります。

湯西川ダムが出来てから久しぶりに湯西川に来て見ましたが、湯西川ダムによる国の整備事業で県道付け替え道路沿いに移転した集落の変わり様には驚きました。
湯西川ダム一般公開(日光市)2014.08.14 ダムin栃木より
近代的な住宅が立ち並び、昔は秘境と言われた地とは思えないほどの変わりようでした。
私が20歳の頃は、湯西川温泉は栃木県の秘境の地と言われ、湯西川沿を走る狭い道路はバスなどがすれ違いも出来ないほどの狭さで危険な道でした。
それが今、山を貫くトンネルが数箇所出来、道路も広くなりスピードを出して走行する事も可能になりました。
湯西川は平家の落人伝説で有名ですが、その当時を伝える観光施設”平家の里“があり、ここも一見の価値があるのではないかと思います。

昼食には五十里湖の畔にある蕎麦の店”湖畔亭ほそい“で食事をしました。
ここは栃木県内でも美味しい蕎麦で有名で、当日も店内は満席の盛況でした。
ここで味わえる”そばかき”は、昔懐かしい素朴な味で格別でした。

本家伴久 オフィシャルサイト

記事・写真 2013年11月

Photo Text by T.Hiyama

川俣 in 栃木(アーカイブ)2014.06

maywind (2014年6月)

栃木県日光市川俣地区をぐるっと回って来ました。
目的は、お馴染みの日帰り温泉巡り。
今回は、川俣湖サイドにある上人一休の湯へ入ってきました。
(リポートは日帰り温泉in栃木で後日紹介します。)
行ったついでに最奥の女夫淵まで足を伸ばしてみました。
上は、川俣湖に架かる川俣大橋。

下は、川俣大橋から見た下流方面と上流方面。

川俣大橋は、上人一休の湯から程近くレイクサイドにはドライブインが在りましたが、閉鎖?されているようでした。
でも、湖畔にあるボート乗り場には数隻のボートがあるので開業はされているのかな。
ここへ来るのは十数年ぶり。
ドライブインで食事をした記憶がありますが。
熊肉も串焼きにして売っていたようです。
また、檻の中でツキノワグマを飼っていたのも記憶がありました。
川俣大橋を渡り左へ行くと女夫淵方面。
右へ行くと無砂谷、馬坂谷を通って湯西川へ抜けることができます。
二十数年前、渓釣りをしている頃この辺の渓には良く来たものです。
尺イワナを求めて。

舗装された県道23号線を終点まで行くと女夫淵に着きます。
ここは、奥鬼怒方面のハイキング基地で多くのハイカー(殆どが高年)が訪れていました。
また、奥鬼怒温泉郷への宿泊客のお迎えの車が数台駐車していました。
ご存知の様に、奥鬼怒温泉郷へはマイカーでは行くことが出来ません。
驚いたのは駐車場の前にあった女夫淵温泉ホテル、地震で閉鎖したとは聞いていましたが以前の面影はなく基礎だけが残っていました。

下は、女夫淵休憩所。

下は、奥鬼怒温泉四湯のお知らせ。

駐車場から奥鬼怒スーパー林道に架かる橋のゲートを潜って橋を渡ると奥鬼怒歩道の入り口があります。
以前は、橋の手前からハイキングコースが有りましたが、崖の崩壊で通れなくなり新しいハイキングコースが出来たようです。

下は、橋中央から見た下流方面で、左側にある建物跡は女夫渕温泉ホテル跡です。

下は、上流方面で中央に見える堰堤の右手(崖の下)にハイキングコースがありましたが崩落の為今は通行止め。
以前、渓釣りをしていた頃は黒沢に架かる吊橋を渡り八丁の湯から手白沢温泉まで行った記憶があります。

記事・写真 2014年6月

Photo Text by T.Hiyama

懐かしき燧ヶ岳 尾瀬にて(アーカイブ)2018.08

  • 投稿日:2018年8月
  • by maywind_604
  • カテゴリ: エッセイ

今から30年ほど前、福島県檜枝岐御池駐車場から燧ヶ岳へ息子と二人で登った懐かしい想い出です。
上の写真は、燧ヶ岳山頂から見た尾瀬沼。

“燧ヶ岳”
午前2時、まだ暗い御池の駐車場に着いた。
昨日の午後10時に自宅を出て3時間余りのドライブだった。
不眠ではあるが眠くない。
いつも山行きは一人だが今日は連れがあるからだろう。息子である。
出発まで2時間ほどある、まず仮眠を取った。
しかし眠れない、隣を見ると寝息をたてている。
眠らずに運転中話相手に付き合って着いたので、「ほっ」としたのだろう。
ようやく空も白みはじめ、歩く用意をする。
7月の初めでも朝は寒い、パ-カ-を羽織って出かける。
“わたすげ・キンコウカ”の咲く小さい湿原を通り過ぎ林に入る。
緩い登りに足を慣らしながら”つずらおり”のきつい登りに入る。
足が慣れるまで登りがこたえる。
1時間程で”キンコウカ”の咲く広沢田代に出、木道で一息入れる。
額の汗が草原の清々しさに心地良い。
「調子はどうだ。」
息子に声を掛ける。
山岳部に籍を置くだけに息の乱れはなく黙って草原の風を楽しんでいるようだ。
湿原を抜けまた林に入る。
今度はさっきよりも急坂が続く。
下の写真は、熊沢田代。

1時間程でこのコ-スの素晴らしさが味わえる”熊沢田代”に着く。
何時きても素晴らしい眺めだ。
燧ヶ岳の裾の斜面に広がる湿原、点在する池塘折れ曲がって延びる木道。
目を上げれば燧ヶ岳の”マナイタグラ”がそびえ、目を下にやれば”キンコウカ”が斜面一面に咲き誇っている。
ここで食事をとる。
握り飯が旨い。
もう最高である。
ゆっくり休みこれから続く木道の先の急坂へと向かう。
息子に遅れまいとペ-スを上げるが、膝が痛く汗が瀧のように流れる。
1時間半位上り詰めようやく”マナイタグラ”に着く。
ここからの眺めも素晴らしく眼下に尾瀬湿原と尾瀬沼が目の前には”シバヤスグラ”が、リュツクを置いて”シバヤスグラ”に向かう。

山頂は何処でも同じ、人で一杯である。
“ミノブチ岳”の向こうには尾瀬沼がガスの間から微かに見える。
目を転じれば右手方向に”至仏山”、天上の散歩を十二分に満喫して長英新道を下り尾瀬沼に向かった。
(平成6年7月山行き)

下の写真は、私が20歳の頃町のハイキングクラブで尾瀬沼に行った時の写真です。
この当時は、尾瀬沼に連絡船が運航していました。
バックの山が燧ヶ岳です。(昭和47年頃撮影)

記事・写真 2018年8月

Photo Text by T.Hiyama

ゼンザブロニカとフィルム現像

投稿日:2017年10月 9日
by maywind_604
カテゴリ: 写真

使う出番もなく、押入れの奥に仕舞って置いたフィルムカメラゼンザブロニカを久々に出してみた。
月に一度は、カメラの状態を確認するために出していたのだが最近は半年に一度位しか出さなかった。
レンズにカビは出ていないかと恐る恐るケースの蓋を開けては見たが乾燥状態は完璧。
レンズにも本体にもカビなどは見られなかった。
乾燥剤は一年に一度交換しているが、手で振ってみてもサラサラでケースの密閉度が優れているのだろう。
ケースの中にはブロニーサイズのフィルムが3本入っていたが賞味期限はとうに過ぎていた。

カメラを手にして思ったのだが、このブロニカで最後に撮影したのは5年ほど前。
その後は殆ど一眼レフデジカメでしか撮らなかった。
後処理の現像などが面倒くさいからである。
でも、最近になって何故か愛着が湧いてきた。
早速、フィルム現像器具を入れて置いたケースを出してみた。
蓋を開けると、懐かしいあの酢酸の匂い。
中にはLPLのステンレス製の現像タンクとダークケース(明るい所でもケースの中でタンクにフィルムを装填できる。)、現像剤などが入っていた。
しかし、現像剤は雲を撮影するのに私が好んで使っていたミニコピーフィルム用のコピナール現像剤が2個入っていたがミニコピーフィルムはすでに廃盤で廃棄するしかなかった。
酢酸はあるので、私の好きなコダックのD-76現像液と定着液さえ手に入れればフィルム現像が再開できそうだ。
そして、昔の現像データはすでに私のサイトにUPしてある。
現像するに当たって液温の調整も涼しくなったので水道水の温度で十分。
どうせ暇なのだから時間はたっぷりある。
早速、挑戦?
因みに下は、ゼンザブロニカには露出計が付いていないのでその当時買った入射光式のセコニックのスタデラ。
今でも、アサペンのオールドレンズを使うときには愛用している。

写真について 風のつぶやき!(FC2ブログ)より
モノクローム 風のつぶやき!(FC2ブログ)より
フジフィルム ミニコピーフィルムHRⅡ 撮影と現像  風のつぶやき!(FC2ブログ)より

Photo Text by T.Hiyama

閑中忙あり(アーカイブ)2017.09

投稿日:2017年9月
by maywind_604
カテゴリ: 気になる言葉

上と下は、1998年4月に公開した「五月の風」のトップページ。
この頃は、メモ帳でHTMLのタグを打っていました。
今は、閲覧できませんが懐かしいトップを飾った写真です。

1998年から発信している私のサイトを久々に見直してみようと思っている。
現在、五月の風をメインに霊場巡礼in栃木、日帰り温泉in栃木、ダムin栃木、Maywindのつぶやき、ITMayのつぶやきを更新している。
その他にも3サイトほどあるが、こちらは開店休業の状態だ。
今は、趣味として栃木県内のお寺や神社で御朱印を頂くのが楽しみとなっている。
たまに、温泉やダムなどにも行っているのだが以前ほどでもないようだ。
温泉やダムなど各ブログを更新するにも現地に赴き、写真を撮ったり事によっては見聞きしたりしなければ記事は書けない。
温泉などは、現地に行って実際に浸かってみなければ詳細な記事も書くことが出来ない。
各ブログを新しく書き始めた頃は、足繁く通ったものだ。
現役の頃は、暇を見つけてはリフレッシュの為に趣味に明け暮れていた。
しかしである、各記事を更新するには現地に通わなければならない。
今は、毎日サンデーの身の上。
栃木県内でも出掛けるとすれば車。それなりの費用が掛かる。
栃木県内のダム施設もほぼまわりきった。
栃木県内の日帰り温泉も多数あるが主な所は大体浸かった。
温泉に関していえば、最近(以前から)は浴場内での撮影がほとんど無理。
管理者から見れば盗撮の可能性があるからだろう。
そんな訳もあってたまに行く温泉場にはカメラは持っていかなくなってしまった。
現在、ダムも温泉もほぼ自分なりに達成したので休業状態だ。
残ったのは、現在嵌っている霊場巡礼(御朱印集め)と自宅で出来るIT関連でこれに特化してみようと思う。
あとは、若い頃から嵌っているカメラ撮影。
忙中閑ありという言葉があるが、今の私にとっては閑中忙ありの心境だ。
何故か、今の私の身辺は毎日サンデーの身で閑。
頭の中身は空っぽなのだが、ブログ記事や今挑戦中のプログラミングなどで忙でなのある。
言うなれば、暇を持て余している現在、何かに熱中できる忙しさを求めている心境なのかも知れない。
一日の過ぎるのが非常に早く感じる。
何故か私の愚痴になってしまったようだ。失礼!

※ 忙中閑は、中国の古典の一つで処世訓を表した菜根譚の前集184項の中に出てくる。
忙裡要偸閒、須先向閒時討個?柄。 閙中要取静、須先従静処立個主宰。
不然、未有不因境而遷、随事而靡者。
忙しい時に閑をつくりたいと思うなら、先ずは閑な時に少々のコツを見つける努力をしなさい。 忙しい時に静けさが欲しいなら、先ずは静かな所で主体性を獲得しておかないと、必ず環境や状況に振り回され主体性を失う。 つまり、これも本質的には「坐禅の奨め」であり、ゴールは随所で主となれ、ということ。 言い換えれば、活人は、「心は絶えず平常(平常心是道)」を実現するためにには先ずコツを身に着けなさいということ。そうしないと、他人や状況に振り回されあなた自身の主体性を失ってしまいます。
菜根譚(さいこんたん)  洪自誠より引用

霊場巡礼in栃木  日帰り温泉in栃木(初期)
ダムin栃木    Maywindのつぶやき
ITMayのつぶやき  日帰り温泉in栃木(後期)

現在の運用サイトは、こちら下から
Photo Text by T.Hiyama

日航機墜落事故から30年(アーカイブ)2015.08

  • 投稿日:2015年8月10日
  • by maywind_604
  • カテゴリ: 徒然

乗員乗客524名のうち死亡者数520名、生存者(負傷者)4名、と言う日本国内で発生した航空機事故では最悪とされる日航機墜落事故。
あの忌まわしい事故から、今年8月12日で30年を迎える。

30年前のこの日、我が家では3人目の子の出産予定日でもあった。
昨日から入院中の妻の元へは何度も足を運び、第3子の出産を今か今かと待ちわびていた。
午前7時50分、待ちに待った出産。
元気な産声と共に体重3000グラムの女の子が我が家族の一員となったおめでたい日であった。

夜になって、妻の母と子供たちでテレビを見ていると衝撃のニュースが飛び込んできた。
確か、夜のニュース速報で飛行機が行方不明になり墜落した模様という内容のものだったと思います。
そして翌13日、朝からテレビやラジオ各社の報道特別番組が組まれ、8月12日午後6時56分、群馬県多野郡上野村において日本航空羽田発伊丹行123便の墜落事故が明るみになりテレビの前に釘付けになった記憶があります。
事故当時のニュース映像はこちら と こちら。

御巣鷹山と生きる 日航機墜落事故遺族の25年

今考えると、この日は我が家にとっては最大の喜びではあったが、航空史上稀に見る最悪の日航機墜落事故の犠牲者や遺族を考えると非常に複雑な一日であったと思いました。
そんな娘も、今では30歳。結婚して忙しい毎日を送っているのではないだろうか。
お盆には二人で里帰りするという。

32年目の日航機墜落事故
投稿日:2017年8月12日

かつてないあの悲惨な忌まわしい記憶から32年の月日が流れた。
その夜、突然、衝撃とも言えるニュースがテレビから流れてきた。
東京発大阪行きの日航機123便の機影が消えたという。
翌朝には8月12日午後6時56分、群馬県多野郡上野村において日本航空羽田発伊丹行123便の墜落事故が明るみになった。
死亡者数520名、生存者数4名という日本の航空機事故史上最悪といわれた日航機墜落事故だ。
上と下の写真は、当時発売された週刊読売。
悲惨な墜落事故の様子が生々しく綴られていた。

8月12日の朝、私の3人目の子の出産予定日でお目出度い日でもあった。
我が家では、朝からその喜びに沸き立っていた。
出産は順調で、栃木市内の病院で朝8時ごろ我が家待望の元気な女の子を授かった。
しかし、喜びに包まれていたその夜、悲惨なニュースが日本中を震撼させた。
8月12日が来るといつも思う、喜びと悲しみが絡み合った複雑な日でもある。
その日生まれた娘も良縁に恵まれ、今は埼玉で幸せな家庭を持っている。
今日も朝から日航機墜落事故の現場となった御巣鷹の尾根への慰霊登山のニュースがながれている。
合掌。

日航機墜落事故から30年 2015年8月のブログ記事

Photo Text by T.Hiyama

紫陽花in黒羽城址(大田原市)2015.06


2015年6月に撮影した大田原市黒羽城址公園のアジサイです。

下は、城址のお堀に植栽されたアジサイです。
このお堀も、東日本大震災で一部が崩れ、その後修復植栽されました。

下は、黒羽芭蕉の館公園です。


下は、黒羽芭蕉の館に建つ芭蕉と曽良のモニュメントです。

下は、園内に建つ芭蕉の句碑です。
「夏山に 足駄を拝む 首途かな」

黒羽城址あじさいまつり2026
黒羽芭蕉の館

Photo Text by T.Hiyama

紫陽花in大中寺(栃木市)2015.06

栃木県栃木市西山田の古刹大中寺のアジサイが咲いています。
大中寺への参道脇には沢山のアジサイが植栽されています。

上は、昨年の写真ですが今年のアジサイは例年に比べると花が小振りなようです。
下は、今年のアジサイです。

下は、本堂前にあるモミジの大木。

下は、大中寺本堂と大中寺の由来。(昨年撮影)

栃木市観光協会 大中寺

Photo Text by T.Hiyama

ラッキョウの季節

6月に入って、毎年漬け込むラッキョウの季節が始まりました。
毎年購入している知り合いから泥付きラッキョウを6kg程漬けました。
いつもは、5kg程ですが娘たちにもと多めに購入しました。
スーパーなどでは、1kg当たり1,000円程ですが友人が作っているので1kg300円程で分けてもらっています。

泥付きラッキョウは、下拵えがなかなか大変です。
今回は、葉の部分と根の部分がざっとカットされていました。
まず、泥付きなのでバケツに入れて泥を落とします。
3回ほど水を入れ替えて泥を落とし、ラッキョウの表面についている薄皮を取ります。
薄皮を取るにはバケツの中で両手でラッキョウを揉むようにして薄皮を剥いでいきます。

そして、妻と手分けしてラッキョウの両端をカットしていきます。
これがなかなか大変で、腰痛持ちの私にとっては重労働。
カットしたラッキョウに一握りの塩を振りかけ、満遍なく揉んでいきます。
その後、水洗いして置き沸騰した熱湯を掛けて10秒ほど置きます。
そして、サルにあけ粗熱を取りながら水気を取ります。

熱湯消毒した保存瓶などにラッキョウを入れ、ラッキョウ酢をラッキョウが被る程度にいれます。
好みに応じて、乾燥した赤唐辛子を入れて置きます。
この状態で、冷暗場所で1カ月から3カ月程寝かしておきます。
時々、容器をひっくり返して漬け酢を撹拌します。
下がその写真です。

一緒に、もろみ漬けも漬け込みます。
もろみ漬けは、漬け時間をおけばおくほど味わい深いまろ味が出てきます。
もろみ漬け用の調味料は、こだわりがあります。
以前は、醤油・みりん・酒などを調合して作っていました。
数年前から友人に勧められて市販のたまり漬けの素を使うようになりました。

栃木県日光市土沢で製造販売している「たまり漬けの素」です。
漬け込み期間は、1週間から1カ月程で美味しく頂けます。
これは、ラッキョウに限らずキュウリ・ナス・カブ・人参など美味しく漬かります。
一夜付けでもOKです。

秋になると、パリパリとした歯応えのあるハヤトウリを漬け込むのが楽しみです。
是非、お試しを!

たまり漬けの素
(株)高橋弥次右衛門商店
栃木県日光市土沢1442-1
TEL 0288-21-0001

想い出の銀塩モノクロ 霊山岩船山

maywind_624 (2018年2月)

暑さ寒さも彼岸まで。
寒気も緩み始め、もうすぐ春の彼岸がやってくる。
来る彼岸に向けて全国でも有名な栃木県内の霊場を紹介します。
ここは、栃木県栃木市にある日本三大霊場・日本三大地蔵の一つである岩船山です。
切り立った岩山の上に天台宗のお寺高勝寺があります。
広い山内には三重の塔があり、至る所に石仏やお地蔵様が祀られています。
栃木県内では、水子供養の霊場としても有名です。

岩船山山内を撮影した日は、どんよりとした今にも雨の降りそうな日でした。
何時ものように、カメラを三脚に据え参道脇に立ち並ぶ石仏群を撮影しながら奥へと向かっていました。
途中、これはと思う表情の石仏にはアングルを変えながらファインダーを覗いて撮影していました。
上の仏像の表情や周りの雰囲気が良かったので、時間を掛けて撮っていました。

ファインダーを覗き込んでいたその時、私の背後に何故か子供の声が聞こえたような気がしました。
気のせいかと思い背後を振り返っても誰もいない。
ファインダーを覗く顔の額にはじっとりと汗が滲み、背筋には冷たい物が流れ、目も霞む。
私は、奥に行くのも諦め恐ろしくなってこの場を早々に引き上げた記憶がある。
やはり、霊山だけあって山全体を多くの霊がさ迷っているのだろうか。

岩舟山高勝寺の参道で詠んだ一句です。
霊山の 石段下る 春の蝶

カメラ ゼンザブロニカETRsi
レンズ ゼンザノンPE 75mm F:2.8
フィルム フジフィルムネオパン400