2004年頃から上南摩に惹かれ、銀塩カメラにモノクロフィルムを詰めて村内を撮った記録です。
一部、南摩ダムにて2025で紹介した写真と重複している写真もあります。
撮影年月日は、ランダムで表示しています。
室瀬地区
















2004年頃から上南摩に惹かれ、銀塩カメラにモノクロフィルムを詰めて村内を撮った記録です。
一部、南摩ダムにて2025で紹介した写真と重複している写真もあります。
撮影年月日は、ランダムで表示しています。
室瀬地区
















maywind_624 (2018年3月)

栃木県鹿沼市上南摩に建設中の南摩ダムによる上南摩地区の離村の記録。
離村が始まった2003年ごろから撮り綴り、想い出深いの写真を切り撮ってみました。
撮り溜めた写真から心に残るシーンを選んでみました。
その他の写真はギャラリーの中の上南摩に掲載されています。(FLASHで作成)


栃木県鹿沼市上南摩に建設中の南摩ダムによる上南摩地区の離村の記録第二弾。
離村を前に家の中を片付ける光景に出会いました。

ここは、上南摩でも中央に位置し、周辺には火の見櫓や停留場、薬師堂などがありました。
多分、このお宅はタバコなどの雑貨を扱っていた商店なのかもしれません。
撮影するのに許可を頂いたのですがお爺さんとお婆さんが快く応じてくれました。
今は無くなってしまいましたが、ここに来ると往時の懐かしい光景が思い出されます。
その他の写真はギャラリーの中の上南摩に掲載されています。(FLASHで作成)


上は、このお宅の傍にあった下梶又停留場。
下は、このお宅の夕景。

栃木県鹿沼市上南摩に建設中の南摩ダムによる上南摩地区の離村の記録第三弾。
旧下梶又地区の荒地に佇む堂宇。
杉山から差し込む木漏れ日が神神しい。
堂宇は荒地にとり残され、その奥で火の見櫓が寂しそうに見つめていた。(下)


旧梶又小学校の前にあった堂宇。(下)
学童たちは、急な雨にこの堂宇の中でやり過ごしたのかも知れない。
その他の写真はギャラリーの中の上南摩に掲載されています。(FLASHで作成)

カメラ ゼンザブロニカETRsi
レンズ ゼンザノンPE 75mm F:2.8
フィルム フジフィルムアクロス100
※ 現在、Adobe Flashでの閲覧は出来なくなりました。
投稿日 2013年8月
maywind_604 (2014年12月)

上南摩旧笹之越付近で始まった県道付替え道路1号トンネル工事の紹介です。
全長942mの第1号トンネルの本体工事は2010年春ごろから始まり現在は完成しています。
上は、トンネル入り口付近で重機が入っています。
トンネル上部の鳥居風の飾り物は工事中の安全を祈願したものなのでしょうか。


下は、トンネル工事用のコンクリートプラントでしょうか。

下は、トンネルの反対側の未完成の県道付け替え道路。

下は、入り口から見た第1号トンネル。

写真奥の方に出口が見えます。

下は、旧道側からみたトンネル工事の様子です。

下は、工事が始まる前のトンネル付近。
電柱の左奥の山の斜面下にトンネルが出来ます。

下の写真は、私が上南摩地区に通い始めた2004年ごろの旧笹之越第1号トンネル付近。
杉の木立の奥の方にトンネルが出来ました。
春5月ごろ、この民家の南斜面の山は真っ赤な山ツツジに包まれていました。
手記 南摩にて

下は、トンネル工事が始まる前の付替え道路。
奥の山の斜面にトンネルが作られました。

下は、完成した第1号トンネル。

maywind_624 (2016年8月)

8月に入って久々に南摩ダム建設予定地付近を探索してきました。
建設予定地内の光景は以前からの変化はなく、夏の深緑の中に埋もれていました。
上は、県道付け替え道路の6号橋と放流管トンネル。
下は、室瀬地区から見たダムサイト付近。

下は、県道から見た県道付け替え道路の8号橋付近。

下は、旧粟沢口付近の工事用道路から見たダムサイト方面

下は、南摩川に流れ込む支流の出合付近。

下は、旧梶又付近から見た南摩川の様子。


下は、旧梶又停留所付近。

下は、旧笹ノ越路地区の県道付け替え道路の1号トンネル付近。

下は、最新の「思川開発事業監理協議会・幹事会」資料。


maywind_624 (2016年8月)

8月25日、ダム検証中であった思川開発事業の継続方針が発表されました。
ダム検証は、前政権が平成22年9月に国土交通大臣により新たな段階に入らないと言う指示でした。
南摩ダムもその対象になり、建設工事が中断されたまま6年の歳月が流れてしまいました。
そして、8月25日漸くダム建設工事の継続方針が発表されました。


私も2003年頃から上南摩の現状に惹かれ、現在まで上南摩地区の四季を撮り続けてきました。
撮り始めた頃は、丁度地権者が合意を得て離村されている最中でした。
その様子を私なりのカメラアイで数年撮り続けてみました。
ダム湖に沈むと思われる上南摩地区の山々が崩され、南摩川に這いつくばるように耕作された田畑が放棄され、荒地となってゆく光景は傍観者である私さえ何とも言えない寂しさを感じられずには居られませんでした。


何で、川幅の狭い堀っ子のような小川にダムなどを造るのか。
流れのない南摩川を見るたびに、その問いが私の脳裏を過っていました。


しかし、半世紀も前に突然降って湧いたダム計画に振り回された上南摩の人達の苦悩は幾何のものであっただろうか。
秋の気配を感じさせる今日、上南摩地区を撮ってきました。



下の写真は、県道付け替え道路1号トンネルの入口付近です。






上南摩地区を撮り始めた頃に綴った手記(2004年1月)
手記南摩(作成当時はAdobeFLASHで作成してありましたが、現在は見ることが出来ません)
南摩ダム建設によって離村し廃墟となった民家の解体です。
何時ものように上南摩を訪れた時、偶然にも廃墟民家の解体をしていました。
早速、道脇に車を止め、解体作業の責任者に写真撮影の許可を取り安全を確認しながら撮影しました。
7月の暑いさなかの解体作業はかなり大変な作業です。









下は、廃墟の解体前と解体途中の写真です。


下は、夕暮れ時の廃墟になった解体現場です。

撮影機材
アサヒペンタックスSPタクマー55mm
フィルム トライX










































